『Phantom』羽田圭介 感想・書評|FIREを目指す元地下アイドルと、お金を手放した恋人。幸せの形は一つじゃない

書評FIRE羽田圭介

※本記事にはPR・アフィリエイト広告を含みます。

節約と投資でFIREを目指す女と、お金を使わない共同生活にのめり込んでいく男。羽田圭介『Phantom』は、「正しいお金の使い方」なんてものが本当にあるのかを、静かに、でも容赦なく突きつけてくる中編小説です。この記事ではネタバレなしで、あらすじと読んでみて感じたことをまとめます。「FIREとか経済的自立系のワードに興味がある人」「羽田圭介の他の作品は読んだけどこれはまだの人」向けに書いています。

芥川賞作家・羽田圭介の作品はデビュー作から追っていて、『Phantom』も発売してすぐ単行本で読みました。以下、その時の感想です。

あらすじ(ネタバレなし)

外資系食料品メーカーで事務職として働く華美は、元地下アイドル。給料の大半を切り詰めて株式投資に回し、配当収入だけで生活費をまかなえる「もう一人の自分(分身)」をシステムとして作り上げようとしています。いわゆるFIRE(経済的自立・早期リタイア)を、かなり本気で目指しているタイプです。

一方、恋人の直幸は「使わないお金は死んでいる」というスタンスで、華美の倹約志向をどこか冷めた目で見ています。その直幸が次第にのめり込んでいくのが、「末(スエ)」という人物が主宰する、お金にできるだけ頼らない共同生活コミュニティ「ムラ」。長野に拠点を持つこの集団に直幸が惹かれていく様子を見て、華美は自分が積み上げてきた“システム”の力を使って直幸を取り戻そうとします。

173ページというコンパクトな一冊です。

Amazonで商品を見る

良かった点

1. どちらの生き方にも安易に軍配を上げない構成

この小説の一番の美点は、「投資して資産形成する側」も「お金を手放して共同体に生きる側」も、どちらも勝者にも敗者にもしていないところです。読んでいると一瞬「華美の方が合理的で正しい」と思わせておいて、すぐにその見方を裏切ってくる。逆にムラの共同生活も、理想郷のようでいて薄気味悪さがずっと漂っている。読者の価値判断を宙吊りにしたまま最後まで引っ張る構成力は、さすが芥川賞作家という感じでした。

2. 「Phantom=幻影」というタイトルの効き方

読み終えてタイトルに戻ると、これがかなり効いていることに気づきます。華美が作ろうとしている“システム”としての分身も、直幸が惹かれる共同体的な理想も、どちらも実体があるようで実はどこか幻影的。何に頼って生きるかという話が、最終的に「人はみんな何かの幻を見て生きている」という射程まで広がっていくのが読み応えでした。

3. 173ページとは思えない密度

短めの中編ですが、テンポが速いぶん一気読みできます。通勤時間や寝る前の1時間くらいでも読み切れるボリュームなので、「最近まとまった読書時間が取れない」という人にも入りやすい一冊だと思います。

こんな人におすすめ

  • FIRE・投資・資産形成というテーマにモヤっとした違和感も含めて興味がある人
  • 「お金がすべてじゃない」的なコミュニティ論・脱資本主義的な生き方に関心がある人
  • 羽田圭介の『スクラップ・アンド・ビルド』は読んだけど、その後の作品は追えていない人
  • サクッと読める中編で、読後にちゃんと考えさせられる小説を探している人

Amazonで商品を見る

著者について

羽田圭介は1985年東京都生まれ、明治大学商学部卒業。2015年に『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞を受賞した作家です。若さゆえの焦燥や、現代的な生きづらさを乾いた筆致で描く作風で知られていて、『Phantom』もその延長線上にある一冊だと感じました。

まとめ

『Phantom』は、「お金を貯める側」と「お金を手放す側」、どちらの生き方にも正解を出さないまま読者を突き放してくる小説です。FIREという言葉が身近になった今だからこそ刺さる一冊だと思うので、気になった方は短時間で読める中編なので手に取ってみてください。